のらりくらりと気ままな自分専用の応援ブログ。 ゆったりと珈琲を飲みながら贈ります。

無理だよ。  ・・・という言葉は好きじゃないけど。
今のオレにも限界はある。
あれこれ有り過ぎ。

全部独りで抱えている。
器用だけど限界超えた。
だけど近いうち復活する。

今はお休みオレ。。。。。。。

2012.01.26 / Top↑
チョット調子わるし・・・
こんなときに営業の電話をかけても・・・撃沈。
毎年この時期しんどいなぁ。。。と、ぼやきの連続。
次を信じて、チョット休息。

ガンバレ、オレ。


2012.01.24 / Top↑
昨日に引き続きホクホク^〜^ランチツアーを実施。
歯科医院にて一番嫌いな被せるための模りをゲーゲー言わずに初めて出来たご褒美ランチ。
なんだかんだ理由をつけて食べようとしているメタボ大世。
普段をヘルシーな食事にしているので、こういうときに奮発しなくては。

言い分けが立ったところで、食したのは大好物のトンカツ。
平田牧場の金華豚で、米も漬物も山形産。
13時過ぎは珈琲無料(なんと有機栽培!)ということでWの喜び。
落ち着いたWoodを基調としたインテリアと客層、耳に心地良い音楽はジャズがゆるりと流れている。
肉自体の甘みをたっぷりと堪能し、大・大・大満足で店を後にした。


帰り途中、アップルストア渋谷店にてiPhoneの不具合を聞こうとするも、店内は大混雑。
本日の火曜受付で金曜に再来店で説明するという大混雑振り(!)
それでも並んでいる行列を前に途方に暮れている大世に声を掛けてきた外国人店員。
受付の状況を聞いてあきらめようとしたところ、私でわかることがあれば聞いてくださいと(!)

不具合を説明すると過去にも事例があったとかで、その場のパソコンで丁寧に説明してくれた。
いろいろ聞くとリトアニアからの留学生とかで、流暢な日本語を話し、懇切丁寧に対応をしてくれた店員さん。
最後に感謝の握手をして、店を後に。

またもラッキーな出来事続きで帰宅。

大世とても嬉しいv(^〜^)v



・・・えっ?  仕事してないのかって?


そうそう。 そう、今はチョット空いてる時間が多い。
嵐の前の静けさかもしれない。

だから、楽しむことにしている。
次の英気を養うためにね。

明日は、油モノを避けてチョット胃もお休み。

気持ちよく対応してくれた連日の店員さんに感謝しながら・・・。



2012.01.17 / Top↑
年始、チト体調を崩していたのもあって挨拶に行けなかったクライアントへ。
先週の電話で先方も体調を崩していたので今週にしてくれとのことだったから、お互い病み上がり状態。
丁寧に挨拶を交わし、お互い今年の風邪について症状に関する情報交換を行う。
傍から見るとオバチャンの井戸端会議。
されど。。。

今年のプロジェクトの話(!)と昨年のプロジェクトが好評で、納品物の追加発注の知らせ(!)

東京から少し離れているので、一段と寒く感じた。
こちらより気温差−4℃と言ったところだが、吉報を土産に陽気な浮かれ気分で、病み上がりにはきつい筈の18分の歩行が全然苦にならなかった。

コリャご褒美に!と、駅前にある百貨店テナントの日本料理屋にて、うな重を食す。

ココの店員さん、驚きの接客マナーの良さ(!)

お茶の御代わりを所望すると湯飲みに残ったお茶を壷に入れ、新たな熱いお茶へと交換してくれた(!)
その所作のさり気無さといい、案内、立ち居振る舞い、そのすべてがビューティフル&ワンダフル(ルー大柴か?)。
注文したうな重も1,500円で大変しっかりしたもので、しかも美味(!)

支払い時に店員さんへ接客のお礼を述べると、大変喜んでいただいたことまで気分良し。

良いこと続きで脳内が痺れてたかもしれん。



とてもとても、気分良く過ごせた一日である。

と、今日はこの辺で。



(明日はナニを食べよかなぁ〜〜〜〜♪♪)




2012.01.16 / Top↑
『優しい』と言われることが多々ある。
実は、私は言われたくない言葉でもある。
正確には「言われたくない言葉であった」というところか。

男として、この言葉を言われると頼りなげ、優男(やさおとこ)、優柔不断、おかま、情けない・・・etc
枚挙に暇が無いことで表現されることが多い「漢」こそ生きる、強いものだけが残る世界にいた。

どの世界でも、異質な存在であるのが大世だった。

スポーツの世界で「思いやりは、必要無い」。
ビジネスの世界で「優しさは命取り」。
人間関係で「優しい人だから何しても怒らない」(という人もいた)。

愛とか、思いやりとか、家族を大事にするとか、そんな生っちょろい言葉を言ってるやつにろくな仕事は出来ない。
ビジネスは戦争だ!戦いにそんなことを言っているやつは死あるのみだ。

と言っていた人も多くいた・・・。
私は言われないように振舞っていた。
また言われる度に嫌悪を抱き、その場を冗談やはにかみで誤魔化していた。

自分を大事にしてもらいたいから、弱い自分を護ってもらいたいから優しくなっていく人もいる。
時にそういう自分もいたと思うのだが、私のは筋金入りのようだ。
それは、すでに幼少のときからはじまっている。
4〜5歳くらいでプチ家出をした雨の中、団地の裏庭にある花畑を歩いていると、ふと大きな花が目に止まる。
私は「雨に濡れて可哀想だからお花に傘を差してあげたの」と言っていたそうだ。

・・・・今でも、そのときの光景が目に浮かぶ。
(大世は幼少期の記憶を結構持っているのだ)

なにか花畑のたくさんの花たちと話をしている自分がいるような・・・
他界した祖母や母にも「おまえは優しい子だよ」と、よく言われていたのを思い出す。
それ故にイジメにあっても反抗しない子だったようで困惑していた。



年を重ねても『優しい人』という【重い称号】は、ときに人の本性・本質を露呈させることに気付いた。
(・・・といっても最近の話だが(^へ^; )

利用する人、知らぬ間にコントロールしてしまう人、感激する人、意地悪をする人、共感してくれる人、感謝をする人、無視する人、バカにする人、嘲笑する人・・・。
様々な人間模様を織り成している。

もう言われることに慣れてきたのが数年前。
さらに、言われることに抵抗が無くなってきたのは、最近・・・かな?

ただ、自分ではひとつの真理に至っている。

戦火の中でも、沈没した敵船の漂流中の生き残り水平を全員助けた日本の戦艦の話は、時代を超えて世界中に感動を与えていること。
スポーツの世界でも勝つことで、身体の不自由な子供達に勇気と思いやりをもたらしたこと。
ビジネスの世界では・・・枚挙に暇が無い。

前述の「生ッちょろい!」と言っていた人たちは、ほとんどが消えていった。
大世は正反対のことをして、取引先からの厚い信頼を得ている。
長い時間はかかったが、どのクライアントも顔を出すと歓迎してくれる。
類は友を呼ぶのかもしれないが、大変な不況の中でも、いろいろな人と天のお陰様で成果を出すことができた。

そう・・・愛とか思いやりを持つことに、間違いは無いということ。

生まれ持った資質を誇りに思うこと。


たくさん・・・とても、たくさんの孤独な戦いをしてきた。

それでも失わなかったことは、奇跡に近いと感じる。


ここに、私の好きな言葉がある。


人の世の喜びも悲しみも知り、自らの恐怖も限界も知ってなおも失わない。
打ち鍛えられた名刀のようにありたい。

覚醒した意識で己と世界を認識し、本当の選択をする・・・そして天命を拓いて行くことを。




『優しい』という言葉が拓いて行く世界。



『天命』というものがあるならば、本当の『仁』と『儀』の世界を創ってみようではないか。






2012.01.14 / Top↑